こんなものも

ダム湖が百選として認定される

百選、その中でも建築について焦点を絞って話をしてきているが、そのどれもが文化的な面からすれば重要な側面を持っているもの、もしくは芸術的観点から一度は仕事をしてみたいところ、また観光産業の主軸として取り上げるには最適なところといったようなものが登録されている。百選と称される辺り、誰もが風光明媚とまではいかないものの、景観という側面から見た場合には高い評価を受けられるといった点が内包しているのは、何となく理解できるだろう。綺麗なものは綺麗だから評価されなくてはいけない、とまではいかなくても多少なりとも知名度を持つことはいいことだ。それで観光業の目玉として押し上げられるのであれば、経済状態が苦しい地方産業にとって願ってもないことだ。

ただ建築の中には地元住民から反発を招くことがある、人口建築と自然はやり方を間違えてしまうと悪影響をもたらしかねない。先述で紹介したマンションが建築されることで生まれる景観阻害などといった問題もそれに該当している。問題にはならないと何度と無く説明されても納得出来ない人はどうしても出てきてしまうが、それらを美談として昇華されては反対していた人たちの気持ちを逆撫でにしてしまう。中には追い出されるように地域から離れなくてはならない人もいた事を考えると、やるせない気持ちでいっぱいだったという人もいるはず。ただそうした感情も多額の立ち退き金で解決してしまう、なんて取引がされているとなったらまた話は別問題だと考える人もいるはず。お金の力で人の心は簡単に動かせるのだから、金銭的欲望には誰にも勝てないだろう。

マンションや道路などの建築に付いては色々な取引で解消されることもあるが、その中でも解消したくても出来ない、またはしてはいけない問題もある。その代表的な例としては『ダム』の存在だ。人々の暮らしにとって重要な水資源保護のために建築された貯水湖として建造される場所となっているが、今ではそんなダムが観光産業として毎年多くの人が訪れることで有名なダム湖も存在している。ダム問題で揺れ動く地域もありながら、逆にダム湖を利用して観光事業として成功を収めた『ダム湖百選』というものもある。少し意外すぎる百選なので、紐解いてみよう。

ダムについて

ダムと言われて苦悶の表情を浮かべる人もいるだろう、中には実際にダム建設に伴って生まれ故郷から強制的に離れなくてはならなくなった、なんて人もいるかもしれない。ダムというものの問題は古くから続いているが、最近では一番話題として取り上げられたのは群馬県で建設予定となっている八ツ場ダムが良い例だ。色々な経緯はこの際省くとして、とにかく一度は計画中止となったはずのダム建設が復活して建設再開するなどの動きを見せ、地元住民たちが混乱に混乱をきたすというとんでもない状況に貶められた。しかもこれを政治家が行ったため、なおのこと地元住民たちは矛盾した行動や言葉だけの正義論を述べるだけの空っぽさに怒りを通り越して呆れを抱いたのではないか、などと当時テレビを見ていて考えていたものだ。

現代の生活においてダムの存在は確かに貴重だが、建設予定地となる場所に住む人々は自然と貯水される場所から離れなくてはならず、また生態系としても貯水一帯で大きな乱れが生まれるなどの深刻な被害が生まれてしまう。かつての時代、ダムが建設されたばかりの頃はまさにそんな状態だったという。都市部の高層ビルなど乱立した建設計画と同じく、ただ便利だからとその時は説き伏せられても後になって問題が続発しては結局何も正しくなかった、なんてオチがそこかしこで発生していた。

そうした中で、ダムもただ無秩序に建設するのではなく観光事業の一環として建設しながらも、自然への被害を最小限に抑えられるようにする動きが強くなっていく。その一貫として創設されたのが『ダム水源環境整備センター』という、ダム周辺地域の環境整備・水没補償・地域振興の促進などを援護する財団が1988年に創設された。

年間100万人の観光客が訪れる

ダム湖が一大観光業として大成した場所としては神奈川県にある『宮ヶ瀬ダム』などが有名どころとなっている。このダムでは全盛期において年間100万人以上の人が訪れてダム湖の様子を眺めるというブームが到来していた。当時は森林浴が流行で山間部へと訪れる観光客が増えたことも兼ねて観光資源としてダム湖を利用できないかと一般の人でも見られるようにすると、これが物の見事にヒットする。

その後ダムというものの偏見を解いてくため、正しくダム事業を理解してもらえるように創設したのが『ダム湖百選』となっている。ダム湖だけではなく、周辺に観光スポットとなる事業を幾らから創設するしながら一種の経済活動を促進していこうとする動きが強く、現在までに65箇所のダム湖が百選に選ばれている。

早い話が

上げておいて突き落とす勢いで述べてしまうと、結局はダムが正しいということを証明したいがためにこの百選は作られたと見ていいだろう。素直なところ、百選に選ばれたからといってダムを作っていいと定義する理由にはならず、それこそ八ツ場ダムのように一度は建設中止を唱えておきながら最終的には建設再開などという覆しが起こるところを見ると、正しいと呼ぶには程遠いだろう。ダムがなければ水源に困るのは我々人間だが、ダムを作りすぎてしまったという意見も存在しているのも事実。

建築によって混乱が巻き起こる歴史はいまだに続いてはいるが、その中でもダムは根本的に解決するためにはどうしたらいいのか、それを示唆するのも難しそうだ。