北海道の作品

江差追分会館について

次に鳴門市文化会館に続いて紹介する公共建築百選についてですが、北海道にて登録されている江差町に建築されている建物である『江差追分会館』について話をしていこう。地名が独特とあって聞いたことがない人もいるかと思います、この町は北海道函館市からおよそ地図上にそって西の方に位置する日本海側に面した地域となっているところだ。全体的な特徴といえば、現代に似つかわしくないほど情緒溢れる町並みといったところだ。言ってしまえば田舎町という印象はどうしても拭い切れないが、この町だからこそ生まれた物があります。それは江差町ならではとして発達した1つの文化にも繋がるのです。

この江差町で一番有名なのは馬子唄がルーツとなっている『追分節』と言われる民謡が有名な町となっている。原点となった馬子唄は元々全国的に流行していた江戸時代、船乗りたちにとっての歌として有名で、その流れから江差町に入ってきたことから生まれた。その頃江差には座頭佐之市によって伝えられたケンリョウ節と追分を融合させた物、『江差追分』という独特の音調を持つ民謡が完成する。この歌は北海道で暮らす人々が厳冬に耐えながらも自然とともに生活している姿を賛歌したものとなっており、先人たちから継承され続けている地方文化を保存・継承をしていく必要がありました。その結果として作られたのが江差追分会館となのです。

地元の人にとっては自分たちがこれまで作り上げてきた文化を残して、後世へと伝達していくためにはどうしても形として残しておかなくてはなりません。その一貫としてこの会館は建造されたということです。そんな江差追分会館についてもう少し詳しく見てみよう。

民謡を学ぶ場として

この会館での大きな特徴としては、何と言っても民謡を伝承していくことが最優先事項としても挙げられる点となっています。追分は民謡の中でも古くから言い伝えられているもので、実際日本各地でも種類や地域によって異なった発達を遂げていますが、多く語られているものの1つとして挙げることが出来ます。高齢者にとっては古き良き時代の文化を若者へと受け継がせたいと思うのは当然ですが、果たしてそれを今どきの若年層が取得したいかと言われたら中々難しいだろう。

歴史的な価値について若年の頃から気づくことが出来れば民謡を覚えることにも抵抗感はないかもしれませんが、今どきの家柄としてみれば多様性から学ぶ必要はない、なんて結論を下してしまう親も中に入るだろう。そう考えれば昔気質な人なら覚えさせるには丁度いいと都合の良い見方をすれば有りかもしれないが、中々受け入れがたいとして邪険にされてしまう。

大まかに言ってしまえば民謡も邦楽の一種としてカテゴリーされていますが、想像しがたいところだろう。正直筆者にしても民謡が邦楽だと言われて素直に受諾できるほど柔軟ではないが、一般的に考えればそうだと断定されている。民謡も学んでみれば味わい深く、地域社会に根付いて地元住民たちがこれまでその土地でどのように生き抜いてきたのか、そんな生き様がこの江差追分にて深く語られている。

北海道の代表的な民謡として

民謡繋がりで少し話すと、北海道で一番有名な民謡といえば江差追分もその1つですが、全国的な知名度を考えると『ソーラン節』を一番と考える人が多いのではないだろうか。この民謡については32年間放送されたテレビドラマ『3年B組金八先生』にて、クラスが一丸となってソーラン節を舞い踊るシーンが放送された時、全国的にも一時ソーラン節を同じく文化祭などで踊られるといった社会現象を引き起こしたこともある。

民謡の中ではソーラン節が一番有名かもしれないが、人気もそれに続くとは一概には言えないだろう。はっきりといえることは民謡の中にはソーラン節のように全国的な流行として学生たちに親しまれるものもあると考えると、受け継がれてきた文化として伝えられている民謡もバカに出来ないという点だ。江差追分もその1つとして考えれば、興味が湧いてくるのではないか。

地元の人はタダで覚えられる

民謡などの文化に携わりたい、そう考えている人は少なくないといってもいい。ソーラン節が若者に受け入れられた点を考えると、興味が無いというよりは中身を知らないといったことが一番大きい。だからこそ江差追分会館は設立され、地域社会において貢献と称される以上に重要な役割を担っていることが評価されて公共建築百選の1つとして登録されたのです。それを知ったなら江差追分をもう少し学んでみようと思っても良いと思えるはず、実際地元住民限定ではあるがこの会館にて追分を会得できる講習も開かれている。気軽に参加できるので、もし江差追分に興味を抱いたなら一度訪れてみるのも悪くないでしょう。

その土地でずっと暮らしていくかどうかはさておき、文化的活動を取得することはとてもいいこと。民謡を学んで広く伝承していくというのも悪い話ではありません。