中部・東海地区初の美術館

三重県立美術館はかなり有名?

続いて紹介する公共建築百選の1つだが、こちらは中部・東海地区としては初となる建物として当時注目されていたものであり、現在でもその建築様式はもちろんと言われている『三重県立美術館』について話をしていこう。初めてといいますが、何も中部・東海地区にこれまで美術館など存在しなかったと言う話ではなく、本格的な美術館として初めてということだ。よくよく考えて見れば中々奥深い、というより難解な言い回しをしているように聞こえてしまう。この美術館には近代洋画で有名な作品が数多く展示されていることが有名で、現在でも数多くの観覧客が訪れている。1982年開館当初も多くの期待が寄せられていたが、その期待以上に当時多くの人が押し寄せて開館してから半年ほどで想定をはるかに超えた23万人が訪れたという。

本格的な美術館、というのはこういう点からも察することが出来る。つまり、今まで美術館として展覧会が行われてきたものの、それでも展覧されている作品の多くは著名な作品もいくつかあったがそれでも集客率という観点からすれば不十分なものだったとなる。商業的に見れば美術館経営でも、いかにして誰もが知るところの有名作を展示できるよう話をこぎつけられるかで興味関心を引き寄せられるかで経営方針もまた異なってくる。

現在では最盛期よりも年間の来場客は落ち着いてしまっているが、それでも年間12万人は訪れている点を見れば、美術館としてはまだ成功している部類と考えていいはずだ。そんな三重県立美術館とはどのようなものなのかを、具体的に掘り下げてみよう。

美術館としての方針

美術館も頻繁に義務教育課程では訪れる機会の多いところとなっているが、筆者の記憶では来場しても対して関心を抱くといったことはしなかった。そもそも10代未満から10代前半の子供で美術に感心を持つとしたら、既に専門として活動しているか、もしくはよほどその道を将来志すといった明確な目標などを定めているような人でなければ、ただの退屈な場所としか見られない。美術品の真価を見定める、なんて仰々しいことを語る気はないが見ているだけでも楽しむという心の余裕が湧いてくるのは訪れる機会が殆どなくなる社会人になってというパターンが多いのではないか。たまに美術館を見かけると足を運んでみたいと思う時もあるが、タイミングを見過ごしてしまうと訪れたいという感情も湧いてこないため、大人は難しい生き物だ。

ただ美術館と言ってもどうしても人気・不人気といった所が出てきてしまうのはどうしようもないところ。この三重県立美術館にしてもそうだが、開館して想定以上の来場者の記録に成功出来ればある意味地域としても訪れる価値のある芸術の場として見なされやすい。スタートダッシュは完璧、その後は緩やかながらも周辺地域では初となる本格は美術館というプライオリティは現在までその地位を欲しいがままにしていると言っていいだろう。

そんな三重県立美術館が美術館として銘が高いのは収蔵している作品の種類にもあると言われています。先程も軽く触れましたが、主に近代洋画を中心に現代に至るまでの作品を中心として展示できるよう作品を収集している。その数、なんと5,000点を超える作品が収蔵されている。展示されている作品によって閲覧できるものなどはあるとしても、大変興味関心を抱けると心が踊るひともいるのではないだろうか。

建設した会社が何気に凄い

三重県立美術館を建築したのも、建築業界としては有名な企業が建造したことでも知られている。その企業とは『大成建設株式会社』だ、元々は財閥の流れを組んでいたこともあって、その起源は今から130年ほど前まで遡る。

そんな大成建設についてですが、建設業として日本国内でも知られていますが世界的にも活動している事をご存知だろうか。世界、それも観光都市として大変人気が高く、中には将来住んでみたいと考えている人もいるだろう国でとある建設事業に携わっていたというのだ。その国とはアラブ首長国連邦の1つである『ドバイ首長国』にある人工島『パーム・アイランド』の建設に関わっていたというのだ。ドバイについては特別な説明をする必要もないほどですが、ドバイで人工島を作る計画に日本企業が参加していたという事実はグローバルすぎて逆に実感が沸かないかも知れない。

とにかくそれだけ凄い企業という点を理解してもらえれば良い。キャッチコピーとして挙げられている『地図に残る仕事』を使用していますが、三重県立美術館もそうだが、世界地図の中に残される活動を残せた業績は会社としても大変大きな功績といえるだろう。

同じ時代に作られたものとして

ここまで紹介してきた建築物は、全て鳴門市文化会館と同年代に完成し、ほぼ同時期頃に開館したことも大まかに共通している点となっている。1つ言えることがあるとすれば、同じ時代に作られた物といっても作り手や目的などを意識すれば建築物としてのテーマなどは異なっている。それらの魅力は高いのは言うまでもなく、公共建築として考えれば地域社会にとっても建築業界としても蔑ろにしてはいけないものとなっている。

こうした作品が残されるのは大変良いことだと思うが、建築物というテーマだけで考えてもこれ一本に絞られていることでもない。